どんな仕事で「社会のお役に立てるか」を考え抜こう⇒そして

2012.6.16

大変な就職試験の難関を通り抜けて、やっと就職できたのにも拘わらず1年以内に退職を余儀なくされる若者が後を絶たない。まことに心痛む事態である。それに対応するためであろうと思うが、事前の就職体験(インターンシップ)が奨励されて既に久しい。そのために就活に忙しい上、職業研修まで負担が増えて、本来なら勉強に頑張ってほしいのに大学の勉強そこのけになっている。ある面、実に嘆かわしい。よく勉強しておいてこそ「良き職業人」になれると私は考えるが、大学では余り勉強しないで、就活にうつつを抜かす大学生など、あまり歓迎できるものではない。本末転倒している。……

「就職できたらの希望として」社会的教養がさほど育っていない大学生は、多分内心ではこう思っていることだろう。「就職すれば毎月月給が貰える」と。そうなればこんなことができるようになって嬉しいなと。それはそうだろう。親のスネかじりから一歩前進できて、毎月決まったものがいただけるのだから、そう思わない方が不思議ではある。ただ、そう思ってもいいけれど、「それだけのお給料をいただける会社の実状・仕組みぐらいは正しく知っていてもらいたい」ものだ。
税金でまかなわれている役所やそれに類した団体ならいざ知らず、民間企業なら「もらう月給」以上の利益を稼ぎ出さないと社員に給料を払ってやれないのが道理なのだ」ということを。
こんな当たり前のことも知らない大学卒業生が多くて、びっくりするばかりである。アナタは、そのこと知っていた?。考えたら当然だろう。民間企業では、井戸からお金が湧き出して来ないよ。しかし、社員には月給を払っていかなければならないのである。だったら、そのお金は経済社会から稼ぎ出してくるしかないのである。給料分以上、会社を儲けさせたといえる人は堂々と給料をもらってくれ。いや、「自分が稼ぎ出した取り分だとでも思ってもいいよ」。でも大半の新入社員は、入社したてでは、とても自分のもらう月給分以上の稼ぎは出来ていないよ。まず、ここのところをしっかりと自覚しないといけない。
もらう月給分の利益を稼ぎ出したかどうかだ。
稼げていないとすれば、この月給は「自分の実力で貰えているのではないと」謙虚に思わなければならない。それが自覚できたら、「この月給は、社長をはじめ先輩社員のスネをかじってもらっている」ことに思いが至る。この思いに至れば、社会人スタート、合格である。特別の例外を除いて、大半の新入社員は、月給以上の稼ぎは出来ないものである。それで月並みだ。だけど全て順繰り、世の中はうまくできているもので、殆どの新入社員は、そのようにして会社人間を始めるのである。だから「勤め始めは、先輩社員のスネをかじっていることを肝に銘ずべし」なのである。だけど順繰りだから、恥じる必要はない。恥じる必要はないが、「なるべく早く自分の月給分以上稼ぎ出せる社員になれるよう」心掛けるのがよいだろう。

では、どうして稼ぐかであるが、まともな会社は、「社会のために役立つ仕事をしてきて」(社会的ニーズに対応している)利益を上げてきている。社会の(お客さんの)役に立つ仕事をして、礼金のような意味で、対価を支払って貰っている。それが会社の売上になる。アナタはこの仕事の一角に従事していることになっているはずだ。だから、その仕事でアナタがした仕事が、アナタが産み出した「売上」である。ちゃんとアナタも稼いでいるわけだ。ただ、常識的に考えても解るが、売上がそのまま利益であるわけがない。その売上を上げるためには、出向くなり、商品を仕入れるなりしたために使ったお金があるはずだ。即ち、掛かった費用だ。それは売上を達成するために必要な費用だったはずだ。その経費を、必要経費と呼んでいる。
それを単純化すると、売上−必要経費=粗利益⇒アナタが稼ぎ出した利益の最大値
となる。この「あらりえき」からアナタの月給がまかなえるようになれば、立派な社会人ということになるだろう。さらに経験を積んで、今度は後輩の分まで稼ぎ出してやる社員に成らねばならない。そこまで行けば堂々たる社会人である。

これが大雑把な民間企業に勤める社員の経済関係理解である。会社のサービスとは、社会が・お客さんが必要としていた仕事をさせていただくことである。そして、お客さんが必要としていた仕事を「して差し上げた」ことへのお礼金をいただき、社会分業体制が出来上がり、経済関係も同時に機能するのである。お礼金としてサービスを買っていただけることは、とてもありがたいことである。まさに人様にお役に立てて、自分の仕事が存在していることを実感できる時である。
しかし、頼まれもしないことをして、お金を請求すれば、「押し売り」で犯罪になる。自分勝手に考えを進めると「押し売り」の間違いをしてしまう。社会的経験の不十分な新入社員では、エライ悪気でなしに「自己中心的考え方から」、相手の望まないことをしてしまうことがある。しかし、それは間違いで、その時は直ちに「自分が間違ったことをしていることに気付いて謝り、言動を取り消さねばならない」。「社会のお役に立つ」とは、「困っている人に正当な手段で問題解決を提供すること」で、“相手本位にたった”考え方で対処しないといけない。自分本位の考え方で対処するとついつい失敗をしてしまうので要注意である。「相手に良かれ」と心掛けるのが、ビジネスの基本中の基本で、それが身に付くと仕事に自信が持てるようになる。何時そういう心境に辿り着けるかである。

その辺の「ビジネスでの最初の悟り」のようなものに気付けると、仕事が楽しくなってくる。仕事の何たるかみたいなものが自分ながらに解ってくるからだ。そうなれば、自分のビジネスに適切な工夫が出来るようになってくる。「どんな配慮をお客さんが喜んでくれるかが」解るようになってくるからだ。そうすれば、“ビジネスの鉄則=人が困っている所にビジネス有り”ということが見えてくるだろう。「困っているのを助けてやる」。そこにビジネスの原点があるのだ。主客逆転しても同じだよ。今度は自分が困っていて、助けていただくことになるのである。

この辺の視野が開けてくれば、ほぼビジネスマン一人前だ。どこに新しいビジネスの種があるかまで見えてくるからだ。この視点が出来てくれば、「アナタには起業するチャンスが巡ってくる」。起業の時の問題は、その問題解決をアナタ自身が得意としているかどうかになる。その仕事が好きかどうかにも関わる。アナタの将来の夢に繋がるかどうかにも関わる。全てがイエスなら、機が熟せば「アナタが会社を立ち上げるべきチャンス到来だ」。それはそれは、めでたいではないか。

そんな夢のような展望が開ければ最高だが、社会人1年生から「そう大それたことを考えなくてよろしい」。まずは駆け出しなのだから、分を弁えて将来の夢に取っておくのがよいだろう。だって、起業するには「経営するための諸々の知識と決断力、実行力、それと資金がが不可欠なんだから」。単にベターな展望が開けたというだけで、起業に走るのはリスクが高いことも知っておかなければならない。将来、自分の夢の実現のために起業するつもりとしても、新入社員として入社した時は、まず仕事を覚えることで、余裕が出て来れば経営という視点からも会社の仕組みを学ばせてもらう気持ちになるとよい。そうすれば一挙両得である。

夢を膨らませておいて申し訳ないが、ここでちょっと注文あり。
就職する企業が、自分の夢に直結しているのは就職する側にとって有り難いことではあるが、気を付けないと“夢が先行してしまう危険がある”。これが就職のミスチョイスを産み出していると思われる。夢先行すると、実際の仕事で希望的観測が裏切られる印象になるのだろう。それなりに夢を抱いて入社するのだけれど、実際の仕事は自分の描いた夢とほど遠く、来る日も来る日も「自分にとっては納得のできない現実対応ばかりで」ついには失望感に落ち込んでしまうのである。今の若者は、ネット上で、コンピュータの上で、余りにも簡単に問題が解決してしまう環境に育ってきている。ついつい同じ感覚で、世の中も動いていると錯覚しているんだね。しかしながら、実社会の問題は、そう簡単に解決つかないんだ。これまでの問題解決は、答を探せば良かった種類のものだけれど、実社会の問題は、「考えないと」解決できないものが殆どなのだ。その上、問題そのものが「人の気持ち」や「解決法がまだ知られていないもの」であったりするわけで、考える習慣が出来ていない若者には、殆どお手上げ状態なのである。現場に立って、どうすればよいかを考える。タダ、それだけのことなのだが、考える習慣のない人には、対応不能になるね。学生時代と実社会でのここの意識のギャップがなかなか埋められないところが困難点なのだ。

「この意識のギャップ」が、折角いい会社に就職したのに、すぐに辞めてしまう現象を作り出していると思われる。この意識ギャップの解消については、まだ議論が盛り上がってきていないが、就職する方としては実に重要な問題で、軽々に考える問題ではない。ナゼなら、折角就職出来たのに、すぐにプータローになってしまって、元も子もなくしてしまうのだから。今はまだ「とにかく就職すること」に関心が行っているが、実際は就職後、変なことにならないように考慮する就活が大事になっている。これからの就活では、「この意識のギャップをどう埋めるか」を見据えたところで取り組まないといけない。(即ち、考えさせる教育をしないとダメだということなのだ。)ぬか喜びにならないために。だからインターンシップに行くチャンスがあれば、「入社後当面の仕事への関わり方と夢の実現との相互の関わりについて」よほどクールに自分の意識を分析し、“とかく夢先行型に成りやすい気分”を引き締めたいものである。
解り易くストレートに言うと、日本の今の学校教育体制は、まったくもって生温く、知識だけの現実感のない教育をして来ていて、“若者を甘っちょろいもの”に育ててきている。しかし、実社会では、世界的な競争環境に置かれているわけで、「甘っちょろい」考え方では、生き残ることさえも難しいのが実際だ。ここのところを確と認識して、現実の状況に対応することを積極的に学ぶように努力する必要があるのである。実社会の厳しさを認識した方が、サバイバル出来ることは確かであるからだ。

厳しい現実を指摘しつつ、もう一つ大事なことを書いておきたい。
それは「今貰える給料や稼げる能力だけで就職を考えないことね」。たいていのビジネスモデルは30年経てば変わるもの。シャープの液晶だって、今や曲がり角だろう。仕事にロマンとちょっと野心を持っているような人は、今の花形会社に就職したら、まず失敗だね。だって、その会社は、現在が最高なんだよ。その例は、友人にも、教え子の中にもあるよ。花形会社は、大勢が受験して、合格するのがことのほか難しいんだが、残念ながら好調期間はそう長く続かないと思ってくれ。お婿さん捜しにはよいかもね。でも、早晩斜陽になって、その先が辛いけどね。だから、今は給料が安くても、2〜30年後に夢が実現するように遠くを見つめて就職先を考えて欲しいと思う。今や平均余命で考えると、男で60年、女で70年生きるんだからね。日本社会がこの後もほぼ順調に推移するとして、50年後に定年だね。なかなか50年後を見通すのは難しいよ。

投稿日 2012.6.16

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